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東日本大震災から間もなく5年
被災した町並みは復興と共に、日々様々な変化を遂げてきました。
それは街が復興しているという証であるのと同時に、街が元の姿を取り戻すことなく新しい街へと生まれ変わって行く事を意味しているかのようです。
それは、街並みに留まらず、普段自分が生活している日常にある何気ない風景をも変えてしまいます。
旅館の裏山
当館は、海の傍に位置しておりながら、旅館の裏山には小高い山があります。
海と山に囲まれているというのも、何とも贅沢な話であると勝手に解釈しています。
時々、このブログでも登場する旅館裏手の山です。
四季の移り変わりで変化するその景色は、私達の目を楽しませてくれるだけでなく、時に自然の壮大さ・優雅さを無言のままに物語ってくれます。
■春
■夏
■秋
■冬
■こんな写真も....
旅館建築直前の更地の状態での一枚。
遠くから撮影した写真なので、山の全景が伺えます。
写真の日付が2011/11/14ですので、震災から8ヶ月後の写真ですね。
これから3年と半年後に現旅館が完成することになります。
変わりゆく風景
今回の震災から学んだこと。
被災直後、海沿いを走る沿岸主要都市を結ぶ国道45号線の被災により、人命の救助・物資の輸送に支障を来しました。
道路が被災してしまってはなにも出来ません。
現在は尊い人命と、その道路を守るために、新たに高規格道路 通称:三陸縦貫自動車道を建設中な訳です。
そして、当館の裏山にもその道路を張り巡らせる事になった訳ですが、その為の山の伐採が始まりました。
道路を通す予定の山の下には、宮古~釜石間を結ぶJR山田線が走っており、この道路からの土砂崩れ等で線路に土砂が崩落しないよう、カルバートボックスの工事が昨年まで続いておりましたが、今年はいよいよその法面の工事がはじまったようです。
そして、その山は......
残念なことに、その従来の姿では無くなってしまいました。
日中、チェーンソーで木が切り倒されていく音が旅館までこだまします。
それは、木の悲鳴のようにも聞こえます。
幼いころからこの山に囲まれて育ってきただけに、ちょっと寂しい気もちです。
妻と母が現在の新居で生活を始めた3年前。新婚当時から過ごしていた民間のアパートから新居に移り住み、この地で始めて生活する事になった妻もこの山が特にお気に入りでした。日に日に木の数が減っていくのを見て、 嘆いています。
この動画は、2015年の8月に撮影したものです。
当時は、まさか山が今のような事になるなど思いも寄らず、呑気に蜩の鳴き声など撮っていたものですが、今となっては貴重な動画となりました。
山がなくなる事で、この蜩の鳴き声が旅館内に響き渡る事はもうありません。
道路が伸びる事で私たちの生活は一層便利になりますが、その代償はとてつもなく大きなものに感じてなりません。
これ以上、自然を破壊されないことを願うばかりです。